1994年12月に日本建築学会第17回情報・システム・利用・技術シンポジウムのパネルディスカッションでMIT教授W. J. Mitchellの講演論文の日本語訳です。原文は、シンポジウム論文集に掲載されています。
工業製品や建築、都市開発等に関するデザイン行為は、偶然ではなく根本的に協同作業である。それらデザイン行為は、しばしば多岐な専門分野にわたり、互いに離れた場所で様々なメディアによって行われるものである。
典型的なデザインミーティングを例にとって考えてみよう。デザイナーやコンサルタント、クライアント達は、会議テーブルのまわりに寄り集まり、そのテーブルの上にはボール紙で作ったデザイン案の模型がある。ディスカッションが始まると、皆はその模型を指し示して、新たな要素を付け加えたり、取り除いたり、またあれこれ動かしてみたりする。他のメンバーに対して「これ(この案)はどうですか?」と意見をきく場合、身ぶり手振りで模型を示して説明をしなければなかなか他の人には理解し難いものである。しかし、デザイン案を発展させたり批評を加えたりする(ディスカッションを行う)場合、皆はただ模型を見ているだけではなく、互いに相手の反応を注意深く観察している。(それは言葉にならない頷きや、顔の表情が微妙に表す賛成や反対、当惑や理解といったものである)そのようなプロポーザルや意見に対するグループの合意や反対という過程を通 じて問題となる事柄は系統立てられ、解決案が生まれるのである。こうした非常にダイナミックな複数の人間によるゲームは、もしうまくいけば、問題の状況や解決策に関する理解を共有し、重大な選択肢のとるべき範囲とそれぞれの上下関係を把握するのを助ける。そして、ある特定の選択肢とその選択肢に付随する細かな技術的進展に収束させることができる。
チェスというゲームは二人の人間による社会的な状況と同じ類のものであり、チェスボードはその二人のインタラクションの焦点になる。他に多くのケースがある。契約や条約の交渉は契約書や条約文に焦点をあてられる。予算の交渉はスプレッドシートが焦点になる。医学の話し合いは患者のカルテに集約される。 これらは全て人から人へ伝えられる協同作業のプロセス事例である。これらの事例は共有して理解できるグラフィックやテキストの対象に焦点をあて、中間状況での提案と討論を通 じて、焦点となる最終的な目標へ前進するためのグループプロセスである。参加者は皆、ある方法では(手で扱えるような感覚で操作できる)議論の対象となるものを必要とし、同時に互いに顔を合わせているように効果 的な意志疎通を必要とする。このようなプロセスは、日常生活や専門の仕事の上でごく一般 的ではあるが大変重要なことである。
デザインプロジェクトの大多数、特に工業デザインや建築設計というものは、協同して行われるものであり、またそのメンバー達はしばしば地理的に分散している。典型的な建築プロジェクトを例に挙げると、それは次のような人々で構成される−建築家、クライアントチーム、構造設計者、機械技術者、コストコンサルタント、インテリアデザイナー、景観デザイナー、施工管理者、建設業者、建設下請け業者、建築材料会社、規制などの監視代理人等など。様々な個人や企業は、プロジェクトを通 して結成される仮想組織の構成の中に含まれ、またそのプロジェクトが解体しても新しいプロジェクトとして再結合する。どんなときでも設計の専門家は仮想デザイン組織(Virtual design Organization)の一員になっている。仮想デザイン組織の専門的知識、資源、労働力は世界中にちらばり、その作業はたいてい並行的で、非同時的なやり方で進められている。仮想デザイン組織での作業を構成する表現やメッセージは、2次元や3次元のCADやGISモデル、数値やテキストのデータベース、静止画あるいは動画、ワープロファイルや電子メールといったテキスト、そして音声といった様々な形で存在する。そして、目的や制約条件の克服、プロポーザルの表現とレビュー、食い違いの解決や同意を得るための交渉などのためには膨大な情報交換とミーティングが要求される。ミーティングの参加者には論議の中心であるCADモデルに素早く、簡単に、並行的にアクセスでき、またイメージ画像やテキストファイルを互いに参照できるような機能が求められる。
近い将来、仮想デザイン組織は、ヴァーチャルデザインスタジオのネットワークで結ばれた機能に支えられるだろう。それは、遠く離れたデザインプロジェクトのメンバー達に、組織のデータベースやコンピュータリソースへのアクセス、効率の良いメッセージとデータの交換、知的なビデオシステムによる遠隔会議などを高度に統合した方法を提供する。ヴァーチャルデザインスタジオはいろいろな分野で導入されるだろう。建設会社あるいは工業デザイン部門、メディカル・センターの物理的な施設は「ホームベース(Home bases)」になるだろう。そこでは、サーバーやその他のアイテムが用意され、データベースやコンピュータリソースの管理、文書の印刷や物理的な試作品が制作される他に、実際に顔を合わせたミーティングが開かれる。デスクトップのパーソナルコンピュータは自宅やサイトオフィスなどに分配され、多くのエントリーポイントが用意される。無線のコンピュータやコミュニケーション機器が移動中のチームメンバーが常にアクセスを維持するだろう。
インターネットのように地理的に分散てはりめぐらされたコンピュータネットワークは、皆が同じ場所に寄り集まらなくても、チームでの協同プロセスの可能性を広げている。チームメンバーそれぞれのコンピュータワークステーションに対しては次のような基本的概念が必要とされる。
その結果として、仮想会議テーブルというものは、討論と巧妙な操作のための文字通 り「テーブル上の」何かである。さらに、電子的な環境におけるプロセス全体に展開する原則は率直にそれを完全に記録することであり、自動的な「秘書」機能である。記録は特に便利で役に立つ。というのは、討論のビデオ記録とモデルを展開させていくインターパーソナルなインタラクションと相互に緊密な関係があるためである。デザインの決定を記録するだけでなく、何故その結論に達したのか、誰がそれらに影響を与えたのかをといった情報を記録する。
この環境は、オブジェクトの表示や操作のために特に知的なツールとはいえないこれまでの遠隔地会議システムとは根本的に異なることに注目してほしい。また、デザインをプロポーザル、批評、交渉、認識の共有、目標の合意などの社会的プロセスとしてよりも、むしろモデルの作成、表示、評価といった技術的プロセスとみなしている従来のCAD環境とも根本的に異なっている。 そのような環境のための道具はかなり安いハードウェアと手にはいるソフトウェアの組み合わせで技術的には今でも利用できる。(少なくとも、基本的な構成ではあるが。)しかし、それらの環境はまだ深く研究されておらず、よく理解されてもいない。これには複数の領域にまたがった研究課題がある。1番目は、そのようなシステムの基本的な構成についてたくさんの研究がなされている。例えば、一人の参加者がCADモデルを所有し、その他の人達はリモート・アクセスするべきだといったものやそれぞれの場所にモデルのコピーを持ち、わずかなコマンドでネットワーク上をあちこちにやり取りできるようにすべきといったものである。2番目は、スクリーン・レイアウトやカーソル・コントロールといった古典的なものから、新しい魅力的なものまで幅広いインターフェース・デザインの研究である。例えば、どうやって決定したことを記録するのか?デザインの展開プロセスを管理し、コントロールするにはどんな「議長」や「審判」ツールが必要なのか?電子的な記録から要約された打ち合わせの「議事録」を自動的に取り出すにはどうすればいいのか?これらすべてに対する適切なメタファーは何か?、である。3番目は、建築、エンジニアリングの実務と教育に対する効果 の研究である。この種の環境において、つまらないとは言えないデザインの(類似した実際的な協調の)問題があるとき、実際に何が起こるのか?生み出されるデザインの成果 にどんな影響があるのか?何を得て、何を失うのか?この分野の技術に投資する正当性を証明できる利点とは何か、である。
ヴァーチャル・デザイン・スタジオを実現する技術は現在、そのコンセプトのプロトタイプが検討される段階にまで発展している。それらの技術の中でもっとも重要なものは、
これらやそのほかの技術は現在も開発が続いており、それらは段階的に統合されながら、しだいにシームレスな作業環境を提供しつつある。ヴァーチャル・デザイン・スタジオはより高度な知性と実践的な効果 のあるレベルにまで展開するだろう。その進展プロセスはかなりの長期間続きそうであり、研究と実際の応用を通 じて得られた解決と工夫によるデザイン環境のプロトタイプから何らかの成果が得られるだろう。
ヴァーチャル・デザイン・スタジオは、実験豊富な環境として機能している。それは以下に示すような繰り返し的な4段階の研究戦略で可能性を切り開いている。
開発された新しいツールや技術は、これまでの設備・環境に再統合されるので、この施設は常にデザイン・テクノロジーの最先端をリードするものである。そして、一方では、新しいタイプのデザイン・プロジェクトが試みられ、さらに考察を進めることにより次世代の優れたツールが開発される。
最も興味深く重要で、すぐに取り組むべき研究はインタフェースに関連している。ヴァーチャル・デザイン・スタジオにおいて、どんなメタファーが対話性を構成するのか?実際的な遠隔地との会議はCADの幾何モデルをいつでも参照することをいかにしてまとめていくのか?複数の時間帯に渡った作業をどのように調整すべきか?個人的に利用するのと同様にビデオ・プロジェクションといったものをいかにうまくヴァーチャル・デザイン・スタジオのグループのために使うべきか?機能的な特徴の分類という論点もまたある。「ホームベース」では何をすべきか?遠隔地ではどうすべきか?そして、古典的なCADの研究は新しい意味を持つことになる。それは、複合的なCADデータベースへの同時的なアクセス、モデルの体系化と名称の規約、データの一貫性と完全性の保証、認可、変更の管理、データのセキュリティなどをいかにして提供するか、である。
MITの建築学科(School of architecture and Planning)は現在、広範囲なデジタル・デザイン技術をサポートする施設を整備しつつある。このような整備には大学からの資金の確保(約束)やエネルギーがますます必要になるだろう。そして、教室、スタジオ、学部のオフィス・スペースといった伝統的な考え方は再考されねばならない。効果 的な教育のためのスタジオはドローイング、模型制作、コンピュータによる作業といったすべての活動をサポートしなければならないだろう。そして、学生によるプロジェクトの要求が変わるのに応じて、それらの異なる活動の間をあちらこちらへと簡単に、しかもさりげなく移せなければならないだろう。これは特別 なコンピュータルームでは、ドローイングやモデリングからコンピュータのワークステーション分離することをあまり意味していない。そのようなことが必要になる技術的な制約はコンピュータがより小さく、より安く、そして、より丈夫になるにつれてなくなっていく。ネットワークへのアクセスはスタジオのどのフロアからも簡単にできるようになるべきである。そして、スタジオにはドローイング、スケール・モデル、デジタル・モデルといったようにあちらこちらへと変換するための、便利で、優れたスキャナー装置やデジタイザ、プリンタ、プロッタを備えているべきである。
過去2年間、 MITは米国内やカナダ、スペイン、ホンコンの大学と共に実験的なプロジェクトを行ってきた。そのプロジェクトでは、参加大学の学生たちがプログラム(計画)と敷地のデータを電子的に分散させるとういう概略的な問題について同時的に作業を行っている。広範囲の設備とソフトウェアが参加者どうしの同期・非同期的なコミュニケーションのために使われている。そして、スタジオは同時にすべての大学をリンクしている仮想的な審査員(評論家)へと最終的につながっている。
1994年、ヴァーチャル・デザイン・スタジオの参加者は、例えば5つの異なる時間帯に位 置しており、デザイン問題の提案と解決を6通りに行っていた。プロジェクトの目標は上海に建つ近代的な中規模の集合住宅を設計する予定であり、街の伝統的なコートヤード形式のリ・ロン(Li Long)住宅を出発点にしていた。参加メンバーたちは、距離や時間といった障害を乗り越えてデザインするダイナミック性を理解しようと努力し、ひとつのクリエイティブなアトリエのように協調しようと試みた。そして、テクノロジーがデザインのコラボレーションにいかに作用するかを探究しようとした。スタジオはいつも期待したようには機能していなかった。ネットワーク接続の切断が時折、データの交換を邪魔していた。デザインチームは常に最後の瞬間にデータを公開し、どんな協調作業もとても難しくしているように見えた。(特に技術的な不備による不安定性も常にあった。)デザインのレベルでもまた問題があった。それは、リ・ロンの住宅は形式論だけでなく、生活の方法でもあり、このレベルでの解決策の不備が何人かの批評者たちはより指摘された。しかし、地理的、時間的に分離されてデザインを行った経験は今日、実践的であり、しだいに重要になるだろうことを暗示している。参加者たちは同期・非同期的な状況において、単なる物理的な協調作業とは根本的に違う方法で共に作業を行った。広域なネットワーク(WAN)は便利なリアルタイムの対話をサポートするには十分には早くないけれども、対話的なリンクを経由したデザインの協調作業は特に評価の迅速なフィードバックとすばやい問題解決に適していることを証明した。(これは同期的なモデルである。)ファイル転送をベースにした協調作業は追加的なデザインプロセス、再帰的な批評、プロジェクトの編集と再調査により適している。(これは非同期的なモデルである。)技術的な改良は広範囲に及び、もし、ヴァーチャル・デザイン・スタジオが必要とするものがすべて実現されたなら、より優れた対話的なソフトウェアとより適切な協調作業へのアプローチの両方が必要になるだろう。
将来的な教育の試みにおいて、インターネットにまたがったデザイン・チームを構成することは、協調作業によるプロセスに注目し、コンピュータによるグループワークの調停という議論を前面 に押し出すことになるだろう。専門的知識や文化的な背景の異なるメンバーによるチームを構成することは、違いに対してどのようにして橋渡しをしていけばいいのかを理解する助けになるだろう。建築の非専門家を含めることは、デザイン以外の貢献をする人達にとって、うまく作業できるかもしれない参加者のタイプの違いを明らかにする役にもたつだろう。
現在、建築設計は(少なくとも、より高度なレベルにおいては)国際化が当然のことのように進んでおり、設計はしばしば地理的に隔てられたチームによる作業となっている。似た様な傾向はプロダクト・デザインと製造分野においてより明らかになっている。(これにはCAD/CAMへの潜在的なつながりがある。例えば、Frank Gehryの事務所では曲面カーブの複雑な幾何形状の建築構成要素を作り出すために使っている。)ヴァーチャル・デザイン・スタジオのコンセプトは重要な経済的な意味をもっている。それを確立した国々はデザイン・サービスの輸出において有利になるからである。
現在のデザイン理論とCAD技術にはその動向と共にある種の発作的な状況がある。研究と開発の努力は個人ユーザ、個人専用システム(つまり、建築製図のためのパソコンによるAutoCADなど)に焦点を当てたものから、複数ユーザ、複数での共有システムへと移行している。ヴァーチャル・デザイン・スタジオは広範囲な領域の専門的知識を含めた多人数参加によるデザイン作業を支援する空間、コミュニケーション、体系化された枠組みとみなされるかもしれない。
近い将来の建築家を想像してみよう。建設予定の敷地、そこはインドネシアの人里離れた場所にあるリゾート用地であるが、問題を解決するために建築家は彼女のラップトップのパソコンを立ち上げて、ロサンゼルスの構造関係のコンサルタントと話すために無線でつながったビデオ電話ウィンドウを開いた。彼等はまたプロジェクトの3次元CADモデルをリアルタイムに、しかも相互的にアクセスして共有しているので、彼等の話すのにあわせてモデルを参照している。(このモデルはボストンにあるホーム・オフィスのサーバーにある。)討論の後、彼女はクライアントを打ち合わせに招くことにした。彼はたまたま東京のホテルに滞在しており、他の参加者は新しく開いたビデオ・ウィンドウで彼と会うことができる。彼等を悩ましている問題とは敷地のアクセス道路で予期しない地滑りがあり、橋をかけるのが困難になっていることだった。それで、彼等は被害の大きさを検討し、新しいロケーションを考慮するために周辺のイメージを呼び出した。対策方針が承認されて、建築家はその場で解決策のスケッチを行う。そして、ボストンの助手に細部の問題を解決する指示を与える。助手は幾何モデルを変更し、2、3日後にはソウルの建設業者の本社に電子的な変更指示を伝える。これらの作業はすべてヴァーチャル・デザイン・スタジオで行えるであろう。
(翻訳 川角典弘)