1背景と目的

現在の在宅医療は様々な問題を抱えています.まず平時の問題としては,在宅医療にかかわる様々な医療スタッフ間の情報交換がスムーズに行われて いないため,情報の収集や緊急を要する連絡が困難になる場合があります.次に災害時の問題として,在宅療養患者は避難に複数人の補助が 必要な場合や機材・薬剤が必要な場合がありますが,患者に関する情報を提供できる範囲が非常に狭いということがあげられます.

そこで,スタッフ間でのスムーズな連絡・情報交換を可能にすること,在宅療養患者の避難・救助支援を行うことを目的として, 様々なツールにより様々な在宅医療支援を行う「在宅支援ネット2」を開発しています.

2旧システムから新システムへ

当研究室では過去に,PDAを用いた在宅医療支援システム「在宅支援ネット」を開発し,医療現場に導入しました.しかし,無線通信の不安定さ などが問題になり,診療現場での継続的な利用が難しいことが分かりました(関連論文1).

そこで,同期・非同期対応型のPDA用システムをくわえた「在宅支援ネット2」を新たに開発しました(関連論文2).さらに,在宅医療ネット2では近年ますます高まっている 東南海沖地震などの自然災害への対策として,災害時用の安否情報共有機能も追加されています(関連論文3〜6).

3在宅支援ネット2の概要

在宅支援ネット2はネットワークを介して多職種医療スタッフ間における情報共有を実現するシステムです.本システムは状況に合わせた利用のため, 「平時用Webシステム」「PDA用システム」「災害時用Webシステム」の3つに分かれています.以下でそれぞれの概要を説明します.

(1)平時用Webシステム

本システムの基本となる部分です.機能としては主に電子カルテ機能(図1),メッセージ機能を持ち,医療スタッフ間での情報共有を支援します. 構成は1台のデータベースサーバを設置し,PCやPDA,携帯電話などのWebブラウザからサーバにアクセスするという形です.通信にはSSL (インターネット上で情報を暗号化して送受信するための仕組み)を利用し,セキュリティを保持しています.

Webシステムの画面例
図1. 平時用Webシステムの画面例

(2)PDA用システム

PDA用システムでは,平時用Webシステムと同様の機能を提供しています.また,PDA用システムではこれらの機能がネットワークに接続できなくても 利用可能になっています(非同期利用).図2に同期・非同期利用についての構成を示します.患者宅でのネットワークへの接続が容易な場合はサーバにアクセスし, 直接情報の入力・参照を行います(図2 白矢印).また,接続の困難が予想できる場合は,PC 上で動作する情報中継ソフトによって事前に情報を取得し, 暗号化したうえでPDA 内にファイルとして保存します.患者宅ではこのファイルを利用することによって,非同期でのシステムの利用が可能になります(図2 黒矢印). これは旧システムの導入を行った際に,患者宅での無線通信の不安定さが問題になったために用意した機能です. さらに,PDAの画面の小ささや入力のしにくさを改善するために閲覧・入力補助機能なども用意しています.

PDA用システムの構成
図2. PDA用システムの構成

(3)災害時用Webシステム

災害時用Webシステムは,在宅療養患者の安否情報の共有や医療情報の開示により,効率的な避難・救助の支援を行うためのシステムです. 災害発生時は患者が携帯電話から安否情報や位置情報を登録し,その内容や登録があるかどうかによって関係者が避難・救助支援を行います. 安否情報は位置情報とともに地図上に表示され(図3),避難・救助支援を行う際にはあらかじめ登録された緊急時医療手帳の閲覧が可能です. 緊急時医療手帳には,名前や性別などの基本情報に加えて,かかりつけ医や呼吸器管理会社などの情報が登録されています.

安否情報・位置情報の表示例
図3. 安否情報・位置情報の表示例

関連論文

  1. 本山 由利菜,吉野 孝,紀平 為子,入江 真行:PDAを用いた在宅医療支援のための医療従事者間情報共有システム, 第25回医療情報学連合大会,2-G-2-1,Nov.2005
  2. 榎本 紗耶香,幸村 陽子,吉野 孝,紀平 為子,入江 真行:PDAを用いた同期・非同期対応型在宅医療従事者間情報共有システムの開発, 情報処理学会第69回全国大会講演論文集,pp.657-658,March.2007
  3. 幸村 陽子,榎本 紗耶香,吉野 孝,紀平 為子,入江 真行:在宅療養患者のための災害時支援システムの開発, 情報処理学会第69回全国大会講演論文集,March.2007
  4. 榎本 紗耶香,吉野 孝,紀平 為子,入江 真行:在宅診療現場における同期・非同期対応型情報共有システムとそのセキュリティ対策, 第27回医療情報学連合大会,3-H-2-2,Nov.2007
  5. 榎本 紗耶香,吉野 孝,紀平 為子,入江 真行:在宅診療現場における同期・非同期対応型 情報共有システムの開発とその評価, 情報処理学会第70回全国大会講演論文集,pp.657-658,March.2008
  6. 榎本 紗耶香,吉野 孝,紀平 為子,入江 真行:在宅療養患者のための災害時における患者情報共有システムの開発, 第28回医療情報学連合大会,2-G-2-3,Nov.2008

共同研究

本研究は関西医療大学保健医療学部紀平為子教授,和歌山県立医科大学医学医療情報部入江真行准教授と共同で行っています.

連絡先

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