訪問者別リンク

大学紹介

対談・おかえりなさい [第3回]

Richard Sharpley さん
和歌山大学CTR[国際観光学研究センター]
副センター長/特別主幹教授

瀧 寛和
和歌山大学 第16代学長

足立 基浩
和歌山大学 経済学部長

 

教育がそれを教えることはできない
考える主体は 大学生自身なのだから

Richard Sharpley(リチャード・シャープリー)さん/University of Central Lancashire(セントラル・ランカシャー大学/イギリス)教授。2016年度に開設した和歌山大学の新しい全学附属機関、CTR[=国際観光学研究センター]副センター長/特別主幹教授。世界の“観光学”牽引者のひとりとして、日本の国立大学で唯一となる和歌山大学観光学研究センターの中心スタッフのひとりとしても活躍する。瀧学長と同じ1956年3月生まれ。

大学数の増加がもたらした 教育内容への批判の声

瀧 おかえりなさい、シャープリーさん。去年の特別講義から1年ぶりの和歌山大学ですね。学長の仕事に就いて1年半、あらためて大学や教育について考えることが増えました。38年間取り組んできた「人工知能」の観点からも、私は今、「人間の再定義」が必要だと感じています。今日はぜひイギリスの高等教育事情についていろいろ聞かせてください。

RS 瀧さんとは同年同月の生まれだそうですから、兄弟みたいなものですね! 教育の話となると1日あっても足りないですが、どこから始めましょうか。(笑)

瀧 では駆け足で。(笑)日本はもともとヨーロッパに倣って大学を作り追いかけてきましたから、先行するイギリスの現状に、日本の未来、あるいは未来へのヒントが見えるかもしれないと思っています。今日は、同世代の我々が大学教育に携わり始めた20年前にイギリスの大学で学んでいた足立学部長にも参加してもらうことにしました。

さて、日本の今の社会は、昔の社会とは大学に抱いている感覚が違ってきているようなのですが、イギリスではいかがですか?

RS 教育について語るためには、まずその背景を説明する必要があります。なぜならば、高等教育の背景を知ることが、現代の大学生のふるまいや教育への期待を理解する重要なカギとなるからです。

瀧 イギリスの大学教育の背景ですね。

RS はい。実はイギリスでは1992年に大学セクターが拡大し、それまで40しかなかった大学が、今では160まで増えました。

足立 飛躍しましたね!

RS ええ、職業的な高等教育機関であったすべてのポリテクニックが大学になったのです。私が勤めるセントラル・ランカシャー大学もそうですが、たくさんの小規模な大学や専門的な大学が拡大を続け、名実ともに「大学」になろうとしている……というのがこの25年間の出来事です。

足立 「大学」になろうとしている、とは、まだ多分に職業訓練的ということですか?

RS はい。とはいえアカデミックなプログラムも展開していて、私の大学では特に研究により力を入れ、その上で研究の手法を教育に組み込もうとしてきました。うちはなかなかうまくやったと思いますよ。今では学生数34,000人と規模も大きくなり、特に私の所属する観光学部は研究で顕著に成果を上げています。

※ セントラル・ランカシャー大学
1828年設立、今では学生教職員総数38,000人とイギリスで5番目に大きい国立大学に成長。2010年にイギリスの新制大学として初めてQS世界大学ランキングに登場したのち、2015、2016年のTimes Higher Education(THE)世界大学ランキングに2年連続でランクインしたほか、CWUR2016世界大学ランキングでも世界のトップ3.7%以内と評されている。 

足立 ポリテクニックはとても面白いシステムだと思います。イギリスでは、教育システムが政府の政策に大きな影響を受けていますよね。ブレア政権は科学に力を入れていたようですが。

RS 15年くらい前でしょうか、数学や科学に力を入れていましたね。その背景には、いわゆる“ソフト”な分野の隆盛がありました。「メディア・スタディーズ」や「ツーリズム&レジャー」などの新しい分野が、はたして“学術的な”分野であるかどうか、大学で学ぶに値するものなのかという議論が巻き起こったのです。それでブレア首相は、工学や科学など、より伝統的な教科への回帰を考えたのではないでしょうか。イングランド、ブリテンは今ではサービス業中心の経済ですけれども、本来は製造業が中心の国ですから。

足立 なるほど。

瀧 日本には今、国立大学が86、公立大学が87、私立大学は約600あります。

RS 本当ですか! すごい数ですね。

瀧 もともとヨーロッパの大学を範に、広く学ぶ、いわゆる教養教育をしっかりやっていたので、大学数が少なかったころは卒業生が(特定の分野に偏らず)日本のあちこちで活躍できました。しかし最近は大学全体として質(広い分野での問題解決力)が少し落ちて見え、従来どおりに教養を深く教育するだけでは世の中で活躍できない卒業生が出てきたと言われています。

RS はい。

瀧 しかし私の実感としては、さまざまなものを使う能力は今の大学生の方が優れています。その矛盾のわけを考えると、産業界に人材育成の余裕がなくなったことに加え、大学教育のある傾向に思い至ります。「ジェネラリストよりもスペシャリストを」という傾向です。

工学系の大学や学部については、もともとプロフェッショナルなスペシャリストを作るという教育の伝統がありました。ところが、経済学部などは専門を核とするジェネラリストを作る教育だったのに、スペシャリスト養成に特化した教育にかなりシフトしてしまった結果、多様な分野の問題に出会う機会が減り、いろいろなことができるチャンスに巡り合う人が減ってしまったようです。

RS02.jpg

 

変わったのは大学生か、大学生像か

瀧 あの頃のわれわれと比べて、果たして今の大学生は変化したのでしょうか。

RS 授業料の問題は大きいでしょう。私の学生時代は、授業料も生活費も政府から支給されていたので、教育を受ける動機や目的がどうあれ、教育を受ける本人にとって、大学は無償でした。現在では、イングランド(スコットランドでなく)の大学の学部生の授業料は年間9000ポンドです(註:100万円超)。

足立 学生は誰もが?

RS イギリスの学生は全員です。これは大変化ですね。今では形としては授業料を学生自身が政府からローンし、就職後に給料から天引きされます。

足立 まるで税金ですね。

RS 実態はそうです。イギリスの大学は、王立のバッキンガム大学を除いて実質的にすべて国立ですから。となると教育はどうなるか。授業料を負担する学生や保護者に向けて、政府が約束をすることになります。「大卒者が従事できる仕事につくために、年間9000ポンドを払ってください」という言い方が正当化されるというわけです。

どうでしょうか、われわれはどうして大学で学んできたのでしょう。

瀧 私の場合は小学生で目撃した大阪万博を機にコンピュータへの興味が沸き、それを学ぶために大学に進みました。その後も研究を続ける道が続いてきました。

RS 瀧さんはずっと目的が明確だったのですね。私は大学でファイナンスを学び、78年に卒業してからフィルム業界(コダック社)に就職しました。世界各地を飛び回り、美しい写真に触れるうちに欲求が生まれ、観光学を学びに大学に戻ったことから今に至っています。

足立 私は卒業後にいったん新聞社に勤めてからふと目覚め、かねてからの夢だった研究者を目指そうと、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院(the School of Oriental and African Studies, 通称 SOAS)で1年間、南アフリカのツーリズムについて学びました

RS 経済学でなく観光学を!

足立 そうなんです。(笑)それからケンブリッジ大学に移ります。日本にはない「カレッジ」システムの生活が驚きの体験でしたよ。そこでは学生生活の送り方を学ぶんです。勉学に勤しむだけでなく、社会生活を営むことも教えてくれました。ディスコ遊びまでね。

RS 大学生活のもう一つの大事な側面ですね。(笑)

※ 「カレッジ」システム
オックスフォード大学やケンブリッジ大学など比較的古い大学に残る教育システムで、講義などは「大学本部」が運営し、宿舎や食事など生活一般等については「カレッジ」が担当する。カレッジは私立で、大学本部は国立といったように少し複雑な制度になっている。 

RS04.jpg

足立 ええ、日本の大学とあまりに違いました。そこでご縁を得てこの和歌山大学で教員になり、中心市街地活性化を専門としているわけです。イングランドで見た中心市街地(タウン・センター)の活性化が刺激的でしたから。

RS 足立さん、ケンブリッジは教育も独特だったでしょう? 「教室から出てまずは本を読め、それから戻ってこい」ですよね。「講義はそれから」

足立 勉強しましたね。

RS そうなんです。かつて高等教育は、若者が人間として発展するために受けるものでした。そのために若者は大学に行きました。考えるため、批判的になるために学び、自律し自由に自ら考える個体となるために。しかし今では、「学びの徒」であったはずの大学生が「教育の顧客」として扱われていないでしょうか。シニカルな言い方をすると、大学卒という“質保証”を得るために教育にお金を払わせているかのような。そんな風潮は学生から「自らの責任で学ぶ」意志を奪い、「自ら学ぶ独立した個体」になる能力を奪ってはいないでしょうか。

足立 でも実は同じではないですか。私は、お客様を教育で満足させることは大切だと考えています。

RS05.jpg

RS 私の大学にとってもあなたの大学にとっても大事なのは、“お客様”に、ここは学ぶところだと再認識してもらうことだと思います。そしてもっとも重要なことは、自分の責任において学ぶのだ、ということを知らせることです。

私は新入生全員に言います。「入学おめでとう! さぁここからは君次第だ。君たちは学ぶ機会を得た」と。学位はわれわれ教員が与えるものでなく、学生が得るものです。

足立 責任は自分で取れと。

RS そのはずです。授業料を払っているからということでなくなればいいとは思いますが。

瀧 日本では今、返済の必要がない奨学金を増やそうとしていますけれども、イギリスにもありますか?

RS 一般的にはありません。個人的な見解では、教育は国家の公的サポートであって、若者に高等教育を受けさせるのは国家の役割です。

足立 同感です。

RS ちょっと危険な発言ですけれども、教育とは、同時に子育ての問題でもあります。政府や大学が保護者に「教育はこれをします」と約束している現状では仕方がないことですが、教育も子育ても、非常に受け身になってきましたよね。

また、国など外部の目によって大学の研究が評価される仕組みの下では、大学は研究資金を得るために画一的な研究を推進することになってしまいます。さらに教育も外部から評価されている今、イギリスの教育はかなりレベルの低いところで画一化してはいないかと危惧しています。教育という装置を硬直させてはなりません。

瀧 教育がスペシャリストを育てようとすると、カリキュラムを非常に細かく作ってしまいがちですよね。そうすると、自分で考えるよりも、受け身で学ぶ人が増えてしまいます。日本の教育の一部は今、かなり受け身になっている気がします。

若者たちへの変わらぬメッセージ

瀧 大学で学んだ人には、自身の潜在力を高めて卒業していってもらいたいと思っています。私は、大学のもともとの主旨は、メタ知識を身に着けることだと考えています。メタ知識とは、知識量を増やすというよりは、そこから新しい知識を探し出す、あるいは新しい知識を自ら作り出す能力のことです。

RS 学生を受け身にさせかねない教育の現状下では、実に大きなジレンマですよね。

瀧 学部によって教育内容が相当違う中で、日本の教育を今後どうしていったらいいのか非常に気にかかるところです。アクティブな学びを実現する教育として、和歌山大学ですと観光学部が成功していると思います。研究・教育に“学際”という考え方を取り入れ、新しい時代に対応した学びを実現しています。

RS 観光学は学際的な分野です。観光学を学ぶというのは実は、観光学について学ぶということではありません。「観光学」というレンズを通して世の中を見ることなのです。

足立 経済学部も同じです。経済学部の学生には、「経済学」のレンズで社会を見て、ここで学ぶことに満足してほしい。だって経済学を学ぶのは面白いですから。観光学と同じで一見“ソフト”かもしれませんが、非常に重要な学問です。

瀧 観光学はフィールドワークなど実社会との接点が多い分野ですが、大学の外に出て学ぶことは大事ですか?

RS たしかに、私は観光学の教育・学習プログラムでstudy visit を重視しています。できれば海外が望ましいですね。たとえば、発展途上国の風景に触れる1週間は、学生たちには未知との遭遇。3年間を通じてもっとも豊かな教育の機会をもたらします。

瀧 シャープリーさんのご専門の一つは「発展=デベロプメント」でしたね。

RS ええ。新たなデベロプメントには基礎的な知識や、研究などから得られた知見が欠かせません。そこからさらに時代が進んだ21世紀――それは我々が直面しているきわめて過酷な現代という時代なのですが――が直面している課題は、信念を持って自分の道を往ける人間、人類として進歩し、生き抜くことができる人間を作ることです。

瀧 大きなテーマです。

RS はい。そして実は、教育にはそれを教えることはできません。学生たちに価値(value)を教えることはできないのです。しかし大学にもできることはあります。彼らに「考える」ことを促すことです。

観光学部では「サステナビリティ」と「デベロプメント」について教えていますが、授業では常に「デベロプメント」という言葉に自分なりの解釈を考えるよう言います。私には私なりの「デベロプメント」という考えがありますが、学生たちのそれとは違うでしょう。

RS06.jpg

瀧 はい。

RS 「責任」という言葉についてもそうです。たとえば多くの学生はスターバックスのコーヒーを片手に私の授業に来ます。イングランドでは2ポンドです。そこで考えさせるわけです。地球上には、1日の生活費が2ポンドに満たない人が12億人以上いるという事実について。今まで彼らにそれを教えてくれる人はいなかったけれど、そんな小さな具体を提示することで「デベロプメント」の意味をそれぞれが考え始めます。

足立 想像力を促すわけですね。

RS それが教育者である我々の役割ですよね。大学を経営する者であっても、20年前の私のように、講師であっても。我々大学人の仕事は、学生の熟考を刺激し、学生が自分にとって価値とは何かを考えること、自分に問いかけることを促すことです。

足立 共感します。私も学生たちに自分で考えさせる方針で、例えば卒業後の進路にも具体的なアドバイスはしないと決めています。

RS はい。また一研究者としては、こうして日本で学べる機会を得て興奮しています。ダーク・ツーリズムを研究する者として、先日、広島を訪れ実感しました。現地研究は、訪問者である外国人の目だけで行うのでは不十分ですから、日本の研究者と一緒に行える今の環境は非常にありがたいのです。

瀧 教員自身の研究の充実も不可欠ですね。それにしても、イギリスの高等教育事情が予想よりも今の日本に似ていることに少し驚きました。今日はシャープリーさんから教育についてのお考えや実勢について伺えたので、次は何か、大学のガバナンスについても比較する機会があればと感じました。

RS それは面白そうですね。

瀧学長からの後日談

瀧 大学の役割は、普遍的な学術的真理を追究し、伝統的で地に足の着いた知識と先端的な学術研究の成果を学生に教授する場であることです。物事の本質を見極めるための広い知識と、自分の得意とする分野の技能と知識を学んだ卒業生は、社会の核となり、社会の変化を乗り越えていけるものと思います。

国立大学の経営は、様々な変革の中にありますが、大学の本質であり、原点である教育の在り方が今後の大学の存在価値を左右することになります。一般社会ではもっと大きな変化が進んでいるのですから、大学も慌てずに状況の変化を知り、本質を見極めて進まねばなりません。世界の大学と共に教育改革の方向性を議論していきたいと思います。

 

RS07.jpg

2016年9月
構成監修:加藤久美教授
取材・構成:広報室
撮影:岩川大地
[学生広報チームPRism]

このページの先頭へ