【レポートup!】第40回「TPP(環太平洋経済連携協定)問題を考える~食と農の視点から~」
公開日 2012年03月21日
日時: 平成24年3月21日(水)19:00~20:30
話題提供者: 大西 敏夫 (経済学部教授・岸和田サテライト長)
昨秋、日本政府(野田首相)は、TPP(環太平洋経済連携協定)交渉への参加に向け、関係国との協議に入ると表明しました。
交渉参加には、農業関係者をはじめ、少なくない国民が反発していますが、そもそもTPPとはいったい何か、何が問題なのか、なぜ政府は参加にこだわるのか、これらの点について、みなさんとともに考えてみたいと思います。
そして、それによって、日本の食材・農業・農村がどのような影響を受けるのか、食と農の再生の道筋はどのような方向かなどについて検討します。 その際、消費者の方々の関心が高い「食の安全・安心」という側面からも考えてみたいと思います。
【レポート】
今回の浪切サロンには初めて参加された方が多くみられました。TPPというタイムリーなテーマのためでしょうか、農や食の安全にそれだけ関心が高まっているからでしょうか。アンケート用紙にもたくさんの感想や意見が寄せられました。
「日本がTPPに参加しなかった場合のこれからの農業のあり方についても詳しくお聞きしたかった」(20代・女性)
「農産物を輸出したいアメリカの都合ではなく、日本が主体的に考えるべき」(30代・男性)
「食料問題は我々の健康に直結しているので、工業製品の自由貿易と同列に考えるのは恐ろしいことだと思いました」(40代・男性)
「環境の問題、いのちの問題、日本の存続など深い意味を含んでいることがよく伝わりました。一人ひとりがよく考え、今日のように議論することが大切だと感じています」(40代・女性)
「マスコミで知ることができない農業分野の実状がわかり、TPPのとらえ方が変わりました」(50代・男性)
「国民一人ひとりが賢くなって声を出してゆくことが大切だと思いました」(70代・女性)
「TPPと農業」は、日本の食料自給率だけでなく、世界人口や農産物貿易など地球規模で考えなければならない問題のようです。日本がTPPに参加しなかった場合、アメリカとの関係はどうなる? という会場からの質問に対して、先生が「日本は中国、韓国、東南アジア諸国、インドなどのアジア諸国との関係を密にし、協力しあうことで最善の方向を見つけられるのではないか」とおっしゃっていたことが印象的でした。
【要約】
■TPPとは何か
2006年に、シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイの4カ国の参加で発足した包括的自由貿易協定がTPPの始まりです。その後2008年に、アメリカ、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシアが参加を表明し、現在、9カ国が広域的な協定を目指して交渉中です。
日本は、2010年10月、当時の菅首相がTPP交渉への参加検討を表明し、その1年後の2011年11月、野田首相が「TPPへの参加に向けて関係各国との協議に入る」と表明しました。
日本は、TPP交渉9カ国のうちシンガポール、ブルネイ、チリ、ベトナム、マレーシア、ペルーの6カ国とはすでにEPA(経済連携協定)を締結して貿易の自由化を進めてきています。したがって、残るはニュージーランド、アメリカ、オーストラリアの3カ国です。ご存知のとおり、アメリカとオーストラリアは、多くの農産品を日本へ輸出している農業大国です。日本がTPPに参加することは、これらの国との貿易自由化がいっそう進むことを意味します。
■TPPが農業に及ぼす影響
日本は農産物貿易において決して閉鎖的ではありません。日本の農産物平均関税率は12%で、主要国と比べて高いものではなく、100%以上の関税率の農産品(品目ベース)は全体の4.5%に過ぎません。
日本の農林水産物の輸入総額は8兆7000億(2008年)ですが、そのうちの4分の1はアメリカからの輸入です。オーストラリア7%、ニュージーランド2%を合わせた3カ国のでは約35%となります。つまり、TPPとは、日本の農林水産物輸入の3分の1以上を占める3カ国との貿易自由化にかかわる問題だということです。
TPPの影響については研究者の間でも議論があります。農林水産省の試算によれば、TPP参加によって、日本の農業生産額が4兆1000億減少します。コメについては90%の生産減です。おそらく残るのは、一部のブランド米と有機米だけになるでしょう。食料自給率(カロリーベース)は40%から14%程度に減少します。農業の多面的機能の喪失額は3兆7000億です。農業には国土保全などの機能もありますが、生産活動が行われなくなればそうした多面的な機能も失われます。農業関連産業への影響は7兆9000億減、就業機会は340万人程度減と試算されています。
かつて、アメリカ大統領が国内演説で、「食料自給は国家安全保障の問題であり」「食料自給できない国を想像できるか、それは国際的圧力と危険にさらされている国である」と発言したことがあります。日本がどのような国へ進もうとしているのか理解いただけると思います。
他方、TPPに参加しなかった場合のデメリットはどうか。こちらは経済産業省によって、自動車・電気電子・機械産業の3業種で10兆5000億の減、雇用81万減と試算されています。
当然、産業全体でみた場合のTPPのメリット・デメリットの議論はあります。しかし、農業に関しては多面的機能などを経済効率だけでは計ることはできませんし、食の安心・安全といった問題も視野に入れて考えるべきです。
■TPPと食の安全・安心
この10年ほどの間、食中毒事件、BSE、食品の偽装表示、残留農薬問題などの事件を受けて、日本では食の安全・安心を確立してきました。牛肉やコメのトレーサビリティーシステム、農薬・飼料添加物や動物用医薬品(抗生物質)の残留基準値を設定するポジティブリスト制度、遺伝子組み換え食品や食品添加物の表示義務などです。
ところが、アメリカなどからすれば、こうした日本の食の安全・安心を守るためにある制度は、輸出を阻害する「非関税障壁」となります。
TPPは貿易促進のために関税撤廃とあわせて「非関税障壁」の緩和や撤廃を目的とします。食に関わる非関税障壁として議論されるものは、輸入牛肉の月齢規制、農薬の残留基準値、遺伝子組み換え食品やポストハーベストの表示義務、食品添加物の規制などです。したがって、TPPに参加した場合、これらの規制や制度の緩和・廃止によって食の安全・安心システムに影響が及ぶことが懸念されます。
日本の食の安全・安心にとってまだ課題は残されています。現在、輸入食品を検査する食品衛生監視員はまったく足りていません。食品安全確保のためには、検査体制の充実、監視指導の徹底が必要です。また、食品安全行政の強化のためには、省庁間の連携、国と地方の連携、食品安全委員会の機能強化などが必要です。国民の多くも食品安全行政の強化を求めています。そうした意味で、TPPによって非関税障壁を緩和・撤廃することは、時代の流れに逆行することだといえます。
TPPによって、農業の生産や多面的機能が損なわれるだけでなく、食の安全・安心の確保が懸念されるということも理解してください。日本のTPP参加について一人ひとりの意思表明が求められたとき、そうしたことを判断材料にしてもらいたいと思います。