【レポートup!】第49回「社会保障と税の一体改革~何が決まったのか、これから何を決めるのか~」
公開日 2012年12月12日
日時: 2013年1月16日(水) 午後7時~8時半
話題提供者: 中島 正博(経済学部准教授)
場所: 岸和田市立浪切ホール 4階 交流ホール
申込み不要、参加無料
「社会保障と税の一体改革」。聞いたことある言葉ですね。どこかで議論されて、「2、3年後に消費税がまず8%、そのうち10%になるやっちゃな」という理解が普通だと思います。
それでいいんです。実はまだ消費税の値上げくらいしか具体的には決まっていません。誰が政権を担当するかにかかわらず、この問題を避けて通るわけにはいきません。なにせ、少子高齢化はおさまるどこかまだまだ進むうえに、日本経済そのものの先行きが不透明です。
そこで、何を決めるべきだったのか、何が決まったのか、今後何を決めていくのか、について、お話ししたいと思います。
<レポート>
社会保障と税の一体改革の背景とこれまでに何が決まったのか、そしてこれから何を決めるのかについて、テンポよく話されました。
超高齢化社会の現在、介護に関する社会保障の振り分けにより、今後特別老人ホームは減少し、在宅での看取りを推奨していくことになるようです。本人・家族にとっては、病院で死を迎えるよりは人間的で良い取り組みのようでもありますが、その在宅での社会保障を早急に充実させないと家族にしわ寄せがくることは間違いありません。女性が介護に専念せざるを得なくなる状況になるかも知れません。
非正規労働者が増え、給料も減り、共働きをしないと生活が成り立たない現在、どうすればいいのか考えさせられるお話でした。
参加者の感想を紹介します。
・「社会保障と税の一体改革」は、実際には自助を求めているものだと知りびっくりした。何か国にだまされているような気がしました。(40代・男)
・「自助、共助、公助」「地域での子育て」はよい言葉と思っていましたが、考える必要があると感じました。(50代・男)
・現在までの社会保障の流れ(歴史)をはっきり思い出した。マスコミで知る以上の先生のお話でよく解った。頂いたレジュメについてもっと勉強し、将来について考えたい。(70代・男)
・とてもわかりやすかったですが、細かいことをもっと聞きたかったです。出来ましたら、同じ先生でシリーズで企画してもらえたら必ず参加します。(50代・女)
・大変よかった。時間が足らない。再度やってはどうか。(70代・男)
(要旨、アンケート用紙で寄せられた質問への回答は写真の下)
<要旨>
「社会保障と税の一体改革」について何が決まっているのか、国民はあまり知りません。テレビや新聞は法律が決まる前の与野党の交渉などについて熱心に報道するだけですからなおさらです。この機会に、法律とともにその背景をおさらいしておきたいと思います。
社会保障制度改革の経緯
1990年代までの社会保障と税制の改革の基本的な特徴は2点あります。1つは、社会保障制度の「手直し」が行われてきましたが、社会保障の水準は下げなかったことです。もちろん個人としての影響は様々です。しかし、日本経済の成長率はオイルショックを経た低成長期といわれた80年代であっても3~5%はあったので財源が確保でき、社会全体としてみた場合には社会保障の水準を引き下げなくてよかったのです。
もう1つの特徴は、税収中立原則の維持です。1989年に税の直間比率見直しがいわれ、消費税3%が導入される一方、法人税と所得税の税率が下げられました。もちろん、低所得者は所得税率引き下げの恩恵をほとんど受けないにもかかわらず消費税率引き上げの負担を被りますから、個人にみれば増税となった人たちがいます。しかし、社会全体でみた場合には増税とはなりませんでした。
日本の社会保障制度と一体改革の背景
たとえば国民年金では給付の3分の1は税で負担することが決められていましたから(今回の改革で2分の1になります)、社会保障が膨らむと税負担は重くなります。また、景気の影響もあって、国民の給与も止まりましたから保険料収入も順調ではありません。そこで、90年代後半から社会保障の水準(給付)と税金(負担)に関する議論が本格化し、1997年の橋本首相の6大改革の1つ「社会保障構造改革」のなかで「給付と負担の均衡」ということで、給付を減らすか負担を増やすかということが言われました。
この流れを引き継いだのが小泉政権でした。国民人気に乗じて「聖域なき構造改革」といって社会保障関係費を抑制し、100年安心年金改革(物価スライドの停止)などを通じて、社会保障の水準を引き下げました。さらに、その後、年金控除の引き下げ、「定率減税」の廃止などの増税も行いました。しかし、それでも焼け石に水でした。
社会保障は、兆円単位の話です。どうしても、消費税率のアップが議論されてきます。2010年夏、民主党の菅首相が国民福祉税といって消費税を8%にしようとして、その直後の参議院選挙で負けたものの、ついに野田政権が社会保障の水準を下げて、増税するということを言いました。
何が決まったのか
2011年の夏以降、「社会保障と税の一体改革」について協議が進められ、昨年夏に与野党折衝を経て、決まったことは2つです。1つは、社会保障制度改革推進法で、社会保障制度改革国民会議(以下、国民会議)をつくって、今年の8月までに社会保障の水準をどう改革するかを決めることになります。もう1つは、消費税を上げる法律です。2014年4月から8%に、2015年10月から10%に引き上げます。従来、消費税は高齢者対策に使うといってきましたが、民主党はさらに子育てを消費税の使途として加えました。自民党も大筋では子育て支援に合意していますから、今後はこの方向で進むと考えられます。
今年8月までに国民会議で決めるべきことがらの骨子は、昨年2月に決められた「社会保障と税の一体改革大綱(以下、大綱)」の中にあります。キーワードは、「全世代対応型」です。現在は現役世代が負担の中心となり高齢世代を中心に給付しています。「全世代対応型」とは、こうした仕組みをやめて、子ども・子育て世代も支援するが、負担も年齢を問わず求めるということです。年齢を問わずに負担を求める、つまり消費税を財源にしていくということです。
論点は何か
大綱に沿って論点、問題点を見ておきましょう。
論点の1つ目が、国民の自立した生活を家族相互および国民相互で実現していく、言い換えれば公助から自助、共助へシフトさせていくということです。歴史的にみると、まず、家族や地域での助け合いだけではうまくいかないから社会保障制度をつくってきました。また大企業であれば健康保険組合を作ることができますが、中小企業や自営業者ではできません。だから国や自治体が健康保険制度をつくっているのです。それを、再び家族や国民相互の助け合いといわれてもどうでしょう。10年ほど前、高槻市の市長が奥さんの介護のために市長をやめましたが、家族相互の助け合いの流れは、こうした事態を助長するおそれがあります。女性が家庭に縛りつけられることにもなります。
2つ目は、税金や社会保険料を納付する者の立場に立って税金や保険料の負担の増大を抑制するということです。会社員の場合、2分の1は企業が負担する保険料の負担の引き上げはしません。また、消費税は、最終的に国民が負担する税です。企業の負担は増えない一方、国民の負担は増えるのです。
3つ目は、医療・介護に関して、国と自治体の負担は社会保険料に係る国民の負担適正化に充てると書かれています。サービス水準を上げるということは一切書かれていません。
政府の試算では、消費税率を5%引き上げたら13.5兆円ほどの増収になります。そのうち4%分の10.8兆円強を社会保障制度の維持に使い、残り1%分の2.7兆円弱を社会保障の充実に充てるとしています。しかし、2.7兆円のうち医療・介護に充てられる1.6兆円は高度医療などが主な対象であり、圧倒的多数の人にメリットはありません。年金制度の改善0.6兆円についても低所得高齢者への給付や受給資格期間の短縮などに充てられ、年金の水準が、全体として上がるわけではありません。
4つ目は、国と自治体が負担する費用の財源には消費税を充てるとし、所得税や法人税などを増税して充てることは考えられていません。
現在の社会保障のほとんどのしくみは保険料を基礎にしています。しかし、「社会保障と税の一体改革」というように、保険料を増やすことは考えられていないのです。保険料は労使折半ですから、企業が払っている年金保険料は10兆円、健康保険料は7兆円になります。一方で、企業の税負担は、景気が悪いということもありますが、法人税9兆円、地方税(事業税と住民税)で5兆円程度、合わせて14兆円です。会社の経営者としては、税も保険料も負担を回避したいのは理解できますが、保険料を引き上げないで、消費税だけ負担増にすることは、とりわけ大企業の経営者にとって都合のよい仕組みとなります。日本は、先進各国と比較して、国民・企業の負担する、税や保険料が相対的に低い国です。消費税増税だけでなく、法人税も所得税も、さらに保険料負担も増やすことを考えにいれて、議論すべきだと思います。
さいごに
今年の夏に国民会議が結論を出すことになっていますが、時間が短かすぎます。これまでに合意になっていること以上のことは出てこず、この先10年、20年は議論が続くものと思われます。憲法第25条第2項には、「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」とあります。消費税率を引き上げ、あとは家族と国民相互のしくみに任せるのでしたら、国として「努めている」とはとてもいえません。社会保障制度を支えたうえで、さらに充実するためには、所得税、法人税、保険料を含めた財源のあり方の議論を避けて通ることはできないと考えております。
<質問と回答>
Q.1
TPPに加盟した場合、社会保障と税にかかわって、どのような影響がもたらされるのか?
A.1
医薬品の規制緩和がありますが、薬局で買える薬なんて、国民医療費でいってもGDPでいってもわずかですから、あまり影響はないでしょう。それよりも、むしろ、「診療報酬体系」「保険医療体系」があぶないという理解をしています。日本では、よほどの高度医療でないかぎり健康保険がきくわけで、それを「非関税障壁」だとして取っぱらうのが本丸かなあと思います。高額医療を中心に民間生命保険会社が扱いますから、税の投入は格段に下げることができるわけで、財務省としても了解する内容です。
Q.2
応能負担の原則の大切さについて、どのようにお考えですか。
A.2
税法学者の北野弘久先生は「応能負担原則は憲法から要請される原則である」と主張されていますが、学会においても租税実務としても少数意見です。応能負担とは、「租税負担がそれぞれの国民の租税を負担しうる能力(担税能力)に相応している」ことであって、それ以上でもそれ以下でもありません。ましてや、担税能力のある人や企業・団体がもっと租税を負担すべし、というのはまったく違います。現在の税法体系や租税の負担構造において、高額所得者や(大)企業が、その担税能力に相応しい租税を負担しているのかどうか? まだまだ負担できるじゃないか? というのは興味深い論点ですし、その視点での実証研究は多々あるかもしれないと思いますが、私自身は、現在の法制度や実態として、高額所得者や(大)企業が、その担税能力にふさわしい税負担をしているかどうかの見解は持っておりません。
Q.3
大企業の内部留保の活用について、どのようにお考えですか。
A.3
「内部留保を活用して賃金引き上げに使え」という趣旨の主張があります。もっともなことです。ただし、大企業にだけ強制すべきものではないと考えています。そのうえで、大阪南部や和歌山といった経済的に疲弊した地域で、その地域に立地する企業に、どの程度活用できる「内部留保」があるのか興味はあります。
Q.4
次はどうすれば社会が良くなるのか教えて欲しい。経済学はそのためにあるのではないか。
A.4
下のA.5でみたような「赤字の原因」を考えていただいて、「そうか、国の政治家だけが悪いんじゃなく、国民も赤字の原因の一部の責任はある」ことを国民が反省するなら、つまり、国に赤字をつくらせた一方で国民の誰がどのくらい儲けたのかを試算し、儲けた分は清算する覚悟があるなら、国の政治も社会もよくなると思います。
Q.5
1000兆円の赤字がなければこのような(今回のような)話しにはならなかったのかどうか知りたい。
A.5
一般的には、国が赤字だから消費税値上げは仕方がない、という感覚があります。しかし、これは、私は誤りだと考えています。1000兆円という赤字の意味はいくつかありますが、第一に、国のバランスシート(http://www.mof.go.jp/faq/seimu/03.htm など)では、1020兆円の負債がありますが、650兆円の資産がありますので、純粋の負債は370兆円です。国から地方への補助金は資産・負債として計上されず、受け手の地方自治体側では公共工事の結果、資産として計上されているはずで(事実、ほとんどの地方自治体は、バランスシートは資産超過)、地方自治体側の合計は不明ですが、バランスシートとしてはバランスがとれているものと推察できます。これは問題ではありません。しかし、もう一つの意味として、国と地方自治体あわせての長期債務=借金残高が1000兆円というものがあります。もっとも、このうち建設国債や地方債を原資とする公共事業のための借金は、それをもとにつくった建物等の資産がありますから、問題とすべきではありません(関空が儲かっていないとかはとりあえず別の話)。これで、問題となるのは、赤字国債・赤字地方債の合計額で、赤字国債(特例国債とごまかしていますが)451兆円(平成24年度末見込み。http://www.mof.go.jp/budget/budger_workflow/budget/fy2013/seifuan25/04zaisei.pdf)と、赤字地方債(臨時財政対策債41兆円、交付税特別会計借入金31兆円。平成24年度末見込み。http://www.soumu.go.jp/main_content/000154473.pdf)合計520兆円程度です。これはかなり大きいですね。この赤字国債や赤字地方債は、公共事業のためではなく、減税した結果の歳入不足を埋め、公務員の給与だけでなく、国民や私立学校・企業への補助金、国民年金の給付(かつては1/3今後は1/2の国庫負担)などのために使われました。政府の赤字は、国民の「利益」になっているわけです。国民みんなが儲けたわけではないのですが、そういう構造をまず議論していないというのが、誤りと考える第一の理由です。さらに、誰かが儲けているはずなのに、みんなが負担する消費税だけを増税する、という意味で、私は誤りだと考えています。
Q.6
当日、会場からは「あまり明るい見通しがないことがわかった。それでも、何かしら展望はないだろうか」といった質問がありました。先生からは、「子育て支援」への資金配分については一縷の望みがあるといった旨のお答えがありました。この点、何か補足があれば簡単にお願いします。
A.6
今回の決着で明るい展望なんて、どこにもありません。ただし講演会で申したように、社会保障制度国民会議で8月までに決着がつくことなんてなく、数年後、ずっとこの手の議論を続けます。そのような中長期のスパンでみれば、私は明るい展望を持っていますし、そのために、努力したいと考えています。
その展望は、こういうことです。全国で100件以上ある市町村レベルで財政分析活動を市民が行っている事例や、市町村合併を拒否し、地方交付税削減で苦しい財政運営を続けている規模の小さな自治体のなかには、Q.5で述べたような、誰が儲けて誰が負担させられているのか、を考え始めた事例の芽がでてきています。自分たちも負担する、けど、こっから先は国の責任だろう、という追及をすると、まったく迫力が違います。
感覚的にそうであると理解されているように、主犯は国が悪くって、大企業が儲けたわけなのですが、「自分たちもちっぽけだけれど肩棒を担いでいる」ことを理解したうえで、主権者としてふるまうことが、このような「生涯学習」「成人教育」の場の可能性だと思います。
たとえば、協会健保(中小企業従業員)の医療費の1/6は税金をいれることで保険料をそれなりに低く抑えていて、自営業や農林業、退職高齢者、無職者の加入する国保の場合はそれは1/2だ、ということを、それはまさにQ.2でいうところの「応能負担」なのだ(大企業従業員や公務員は税金なんてあてにせず自力でやってくれ、ということの裏返し)ということを理解したうえで、そこでつくった借金はどの程度なのか、それは誰が返していくのかを考えることは、財政面からも、民主主義の面からも明るい展望をもつと考えています。
ある意味で、これまではおまかせ民主主義でした。誰かに任せればうまくいっていました。それが、これからは、自分の問題として、サービス水準とそれを維持するための負担を考えるとともに、夏遊んでいたキリギリスの負担は誰が肩代わりをするのか(あるいは、自己責任なんだから野垂れ死させてもいいのか)を考えざるをえないわけです。
多岐にわたるご質問ありがとうございました。以上、質問へのご回答と、短くない補足でした。
中島正博@和歌山大学経済学部