こんにちは経済学部新3回の高柳です。

大学の後期の授業も終わり今年も来年に向けて多くのことが動き出しています。

新しい生活を4月から始められる卒業生の方々は寮を巣立っていかれ、別れ際には寮での思い出の話をしました。

話をする中で寮での一番の思い出を聞いたとき、多くの先輩は寮の行事のことを語ってくださいます。

今回のブログテーマ「ワダイの歴史」ということで、今日は多くの先輩にとって思い出深い寮の行事の歴史について書きたいと思います。

先輩の多くは寮祭を語る。

自分自身が寮生でありその理由を考えたとき二つの理由が思い当たります。

入寮してすぐに準備、練習などで濃い時間を過ごすから

寮生活の主な行事が寮祭だから

入寮してすぐに劇の練習があったり、練習の過程、寮祭当日に多くのアクシデント、感動があったりしてたくさんの思い出ができます。そうした理由で寮生の思い出にも残りやすいと考えられます。しかし、寮の歴史を調べていく中で、他にも理由があるのではと感じることがありました。大学生活の思い出という大きな区切りで考えたとき、旅行に行ったりスポーツ大会に出場したりするなどの行事があります。現在、寮での主な行事は寮祭だけですが、かつてはもっと多くの行事が存在していたようです。

昔から寮の主な行事といえば寮祭だったのか

寮祭は紀雲寮の前身の励行寮という名の男子寮であった時代から伝統として現在も残っています。しかし伝統が薄れていく中で消えていった寮の行事が多くあります。

・水軒夜襲

2.3年生が水軒浜でキャンプを行っているところを襲撃し、その後で焚き火を囲んでみなでコンパをする

・試肝会

墓地を通るコースで肝試しをする

・マラソン

・帰省晩餐会

休暇を前に帰省などの計画を話し合い楽しいひと時を過ごす。

・勢揃晩餐会

休暇中の土産、土産話を各々持ち晩餐会で語らう。

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・黒人部隊

学校の運動会のなくてはならない呼び物のひとつ。頭に飾り、腰に蓑、右手に槍、左手に盾を持ち、勇ましく踊りながら運動場を一周する。

・蜜柑狩り

・餅つき 戦争の食糧不足により途絶えた。

いくつかの行事は寮の外で行われ、地域と結びついたものもありました。

寮祭の歴史

寮祭は入寮式と並び残っている行事の一つです。

寮祭は大正13年に当時の寮生の上野さん、寺田さんが芝居をしたのが発端だとされています。芝居が伝統として定着していくと共に、寮祭の期間中に寮内の飾り付けをする伝統も現れました。各部屋に工夫を凝らした装飾をしたことが和歌山市民の人気を呼び市民の恒例行事になっていたそうです。

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時代は流れ、寮祭でも新たな伝統が生まれてきました。栄谷に学生寮が移設された頃には現在行われている寮祭の内容が定着したそうです。

現在の寮祭は

運動会

前夜祭

演芸会

大食会

という4つのパートで構成されていてチームに分かれて優勝を目指します。

高松に寮があった時は「東寮」「西寮」「南寮」「北寮」というように、棟に分かれての対抗戦になっていました。棟ごとに特色があり伝統として演芸会でどんな劇をやるかが受け継がれていきました。寮が栄谷に移設された現在は、建物の階によりチームが分かれ優勝を競います。階ごとに特色があるのは今も変わっていないところです。

新しい年度を迎える学生寮

和歌山大学学生寮は内外の環境変化を経て、かつての学生寮と多くのものが変わってきました。その中で数々の伝統が生まれ、無くなり、また昔のものが変化したりもしています。

もうすぐ年度が替わり、4月には新入寮生を迎えてまた新たな歴史を刻んでいきます。歴史というと大げさですが、新入寮生を迎えても寮の伝統がよりよいものとして今後も受け継いでいきたいです。

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現在の寮祭

自分は来期から3回生で寮生活を楽しめるのもあと2年です!来期も張り切って過ごします!

ではまた