南海トラフ地震で、津波被害ゼロを目指して
鉄道防災教育・地域学習列車「鉃學」
どこまでも渺々(びょうびょう)として青い海、なめらかな玻璃(はり)のような空。目の前に広がる水平線。 「オーシャン・ビューが人気のJRきのくに線の乗客・乗務員を、津波被害から守りたい」と、JR西日本和歌山支社とともに励む西川先生の取り組み。
きっかけは、東日本大震災。
2011年3月11日に発生した東日本大震災での衝撃的な津波の光景は、今でも多くの人の心に残っていることでしょう。人命はもちろんのこと、家屋やインフラにも大きな被害がありました。震災発生時、JR東日本管内では多くの列車が走っていましたが、津波によって流出した列車は5編成、津波を直接の要因とする乗客、乗務員の犠牲者はありませんでした。これは不幸中の幸いです。では、もし南海トラフ地震により津波が発生したとき、和歌山県内を走る列車の乗客、乗務員が全員無事に避難することはできるのでしょうか。
和歌山県の鉄道事情
和歌山の南北を結ぶ路線・JRきのくに線(和歌山〜新宮間)は、紀伊半島沿岸を走り雄大な自然が感じられる風光明媚な路線です。一方で、総延長200.7キロのうち、津波浸水想定区間は約35パーセントとなる69区間の73.5キロ、津波襲来までの時間的余裕が極めて厳しい区間を含む路線でもあります。
乗車中の鉄道から避難するために必要なこと
東日本大震災の経験を踏まえ、全国の鉄道事業者では、津波に対する避難対策が取り組まれると同時に、津波を想定した訓練が多数行われるようになってきました。 和歌山大学価値共創基幹の西川一弘准教授は、JR西日本和歌山支社とともに実際の車両を使い、地域と連携した実践的な津波避難訓練などさまざまな鉄道防災研究に取り組んでいます。 これまでの取り組みの中で感じたのは「乗務員が乗客を誘導しながら行う避難には限界があり、乗客にも主体的に避難、協力してもらう必要性がある」ことだと言います
鉄道で防災教育×地域学習を----「鉃學」の開発
一般的に防災対策を展開すればするほど「ここは危険な地域だ」と認識され、風評被害などの影響が懸念されます。そこで「防災と言わない防災」の考えのもと、地域資源を学びながら鉄道の避難方法も学ぶプログラムとして開発したのが「鉄道防災教育・地域学習列車『鉃學』」です。 「鉃學」は、鉄道に乗り、列車が走る地域の歴史・文化・環境・地質・成り立ち・住民の生活を学びながら、「列車からの避難方法」を体得し、いざという時の率先避難者を増やしていくことを目的に生まれました。 紀伊半島を代表する名勝でジオサイトの「橋杭岩」の前で列車を停車させ解説を行ったり、駅と駅の間に設置されている「津波避難用の降車台」で降車体験を行ったり、緊急停車させた列車からの飛び降りや避難はしごを使った避難訓練を行うなど「非日常」の体験をしながら「列車からの避難方法」を学びます。2016年11月12日にモニターツアーとして初めて実施し、これまで7回実施しています。
和歌山から全国へ。鉄道防災教育の拠点として
モニターツアー以降、JR西日本の定期避難訓練との連携、学校教育プログラムとの連携、スタディーツーリズム(旅行ツアー)化を通して発展してきた「鉃學」。西川先生は「自分の命を守ることが、他人の命を守ることにつながります。いざという時に率先避難者として行動し、災害に強い鉄道・地域づくりにぜひ参画してほしい」と言います。今後は、これまでの成果をさらに分析、精査するとともにバリエーションの開発や普及、他の地域や区間でのプログラム開発などを進め、世界津波の日の所縁となっている和歌山より、鉄道防災教育を全国・全世界へ発信していくことを目指していきます。
連携のお相手は...
JR西日本和歌山支社様
「鉃學」が始まって3年が経過しました。「鉃學」には、いつどこで行うという告知なく、実践さながら行われる津波避難訓練や、途中で止まる列車から降りて沿線地域を見学し、再び列車に乗り込み目的地を目指すという非日常的な体験などさまざまな面白さがあります。そして乗客だけでなく乗務員にも人気のあるプログラムに成長しました。
率先避難者を増やすための「教育・学習」とスタディーツーリズムという「商品」の2つの側面を持つ「鉃學」が、これからも二足のわらじを履き続けるのかは十分に議論が必要ですが、避難訓練をできる機会は多ければ多いほどいいことは間違いありません。
「鉃學」はこれから毎年2月に実施することが決まりました。今後は、2019年2月に結んだ連携協定のもと、ゼミや授業などで「鉃學」を一緒に企画・運営していければうれしいです。
そしてこの「鉃學」をきっかけに、鉄道に興味を持ち鉄道会社に就職する、そんな人が現れる未来を期待しています。