WHO'S WHO 研究者紹介

「彼・彼女らの好きな音楽で何かできないか?」 子どもたちと音楽との多様な関わり方を探りたい

音楽で「心身の耕し」を目指す上野智子准教授の試み

上野 智子 UENO Tomoko

子どもたちが音楽で心身を開放できるような場―「心身の耕し」を目指して

 「自立活動」とは、特別支援学校、特別支援学級、通級指導教室に通う児童生徒を対象とした特別な指導領域で、その内容は下図のような6区分(27項目)から成る。音楽する(ミュージッキング)際に私たちは、身体の様々な機能や諸感覚を働かせるとともに、一緒に活動を行う他者と言語・非言語的コミュニケーションを行うなど、知らず知らずのうちに様々な能力を駆使している。音楽療法では、このような音楽の多様な機能を活用しながら、音楽療法士がクライエントのニーズに対応したプログラムを立て、心身の機能回復や維持・症状の緩和を目指す。この音楽の多様な機能と「自立活動」の内容には共通性が多い。

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 そこで、上野准教授は特別支援学校や小・中学校の特別支援学級において、同僚の菅(かん)道子教授(音楽教育)や山﨑由可里教授(特別支援教育)とともに現場の先生と協働しながら、「自立活動」の中で音楽療法の視点を取り入れた授業開発(以下、「音楽の時間」)に取り組んできた。「音楽の時間」の目的は、たとえば勉強ができるようになることよりも、先ずは緊張をほぐし、心理的安定を保ち、自身を受け入れ、自由に自己表現したり、他者との円滑なコミュニケーションを測ったりするなど、学校生活を安心して送れるような基盤をつくることである。「『音楽の時間』のきっかけを作ってくださった中学校特別支援学級の担任の先生は、こうした目的をまとめて『心身の耕し』と仰っていて、私たちの取り組みの核となる重要な考え方になっています」と上野准教授は話す。

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子どもたちが音楽で心身を開放できるような場―「心身の耕し」を目指して

 「自立活動」とは、特別支援学校、特別支援学級、通級指導教室に通う児童生徒を対象とした特別な指導領域で、その内容は右図のような6区分(27項目)から成る。音楽する(ミュージッキング)際に私たちは、身体の様々な機能や諸感覚を働かせるとともに、一緒に活動を行う他者と言語・非言語的コミュニケーションを行うなど、知らず知らずのうちに様々な能力を駆使している。音楽療法では、このような音楽の多様な機能を活用しながら、音楽療法士がクライエントのニーズに対応したプログラムを立て、心身の機能回復や維持・症状の緩和を目指す。この音楽の多様な機能と「自立活動」の内容には共通性が多い。

 そこで、上野准教授は特別支援学校や小・中学校の特別支援学級において、同僚の菅(かん)道子教授(音楽教育)や山﨑由可里教授(特別支援教育)とともに現場の先生と協働しながら、「自立活動」の中で音楽療法の視点を取り入れた授業開発(以下、「音楽の時間」)に取り組んできた。「音楽の時間」の目的は、たとえば勉強ができるようになることよりも、先ずは緊張をほぐし、心理的安定を保ち、自身を受け入れ、自由に自己表現したり、他者との円滑なコミュニケーションを測ったりするなど、学校生活を安心して送れるような基盤をつくることである。「『音楽の時間』のきっかけを作ってくださった中学校特別支援学級の担任の先生は、こうした目的をまとめて『心身の耕し』と仰っていて、私たちの取り組みの核となる重要な考え方になっています」と上野准教授は話す。

ゆるやかなルールの中で生まれる自由な即興表現と流動的な関係性

 音楽療法では、子どもたちの「いま・ここ」の表現が尊重され、特に即興表現が多く用いられる。即興表現は「音楽の時間」においても、子どもたちがリラックスして楽しみながら参加できる活動である。例えば、好きな楽器を選んで教室内を自由に動きながら出会った人と音や動きで交流する活動(音の旅)や、2人1組で前後に並び、即興演奏に合わせて前の人が自由に身体表現を行い、後ろの人がそれを真似する活動(光と影)などだ。こうした活動は、子どもたちや教職員の実態を踏まえ、諸外国の音楽教育メソッドや、音楽療法実践等に学びながら菅教授と一緒に生み出してきた。

 活動する際に留意していることは、3つ。①参加者が互いにこの場に必要な存在として承認しあい、その人なりの参加の仕方や表現を保障すること、②緩やかなルールの中で自由に表現できるようにすること、③参加者は「先生と生徒」といった関係性ではなく、ともに音楽する仲間であること。上野准教授は「"やらない"ことも1つの重要な選択肢。そして、正規の奏法でなくてもその人が表現したい方法を尊重することで、自由で面白い表現に出会うことが多々あります。また、自由に表現する際の戸惑いや不安を軽減するために、スタート地点とゴール地点を設定したり、決まったフレーズを一緒に演奏する部分と自由に演奏する部分
をつくるなどの緩やかなルールを設定しています。そして、活動の中では教員も子どももリードしたりされたりするので、流動的な関係性が生まれ、参加者の
新しい一面を知る機会にもなります」と説明する。


国内外の専門家との連携

 特別支援教育における音楽療法の導入については、上野准教授らはユニセフ・ユネスコが主催する国際学会において発表を重ねてきた。それが契機となり、ハノイ国家教育大学にて現地の特別支援教育に携わる人々や大学院生を対象にした特別セミナー講師として、菅教授、山﨑教授とともに招聘された。また、コミュニティ音楽を研究する沼田里衣准教授(大阪公立大学)との共同研究は、6年目を迎えた。障害のある人を含めた老若男女の即興表現団体「おとあそび工房」のメンバーとともに、公共施設、特別支援学校や特別支援学級でのワークショップに取り組み、その成果を国内の学会で発表してきた。近年では、神戸と県内の特
別支援学校をzoomで繋ぎ、事前に送り合った絵楽譜による即興表現活動や、教員研修にも着手している。

 上野准教授は「教科の音楽には蓄積されてきた文化の美しさに向けて表現を高める良さもありますが、『音楽の時間』のように個々の感じ方や表現を尊重する中で生まれる音楽の面白さや美しさもあるはず。学校教育の内外で子どもたちが音や音楽と自由に柔軟に関わるための成立要件を解明したい」と、意欲をみせた。

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Profile プロフィール

上野 智子 UENO Tomoko

和歌山大学着任 2013年
学歴 国立音楽大学 音楽学部 音楽教育学科音楽教育専攻音楽教育専修〜広島大学 大学院教育学研究科 生涯活動教育学専攻 博士課程前期〜広島大学 大学院教育学研究科 文化教育開発専攻 博士課程後期
学位 博士(教育学)
研究キーワード 音楽教育学/教育史/音楽科教育/音楽療法/特別支援教育

「音楽療法研究から得た示唆を学校で音楽することに生かしたい」

音楽療法を知ったのは高校生の時。幼い頃から自由にピアノを弾いて遊んでいましたが、そうした表現を糸口にセラピーを行う世界があることに驚きました。大学で音楽療法を学ぶ中、多様な音楽療法が存在することを知り、大学院では米国の音楽療法士養成教育観の変遷を研究しました。音楽療法士は、クライエントのニーズに合わせてオーダーメイドの音楽的関わりを展開します。そうしたことを可能にするのは、多様な音楽文化を尊重する姿勢や、その人なりの表現から関わりを見い出そうとする洞察力などです。このことは、学校で音楽する上でも、多くの気づきと学びを与えてくれると思っています。