幅広い領域の波長で発光する半導体量子ドットの特性を活用
光コヒーレンストモグラフィー(OCT)は、X線を用いるCTの光版のようなもの。光の干渉を利用して対象物の断面構造を観察するイメージング技術のことである。眼科では、眼球の奥にある網膜に光を照射し、反射した光と参照光との干渉信号を解析することで、表面からは観察できない網膜剥離の進行なども診断できる。「X線CTのように被曝を心配する必要がなく安全であるため、眼科での導入・普及が進んでいます。皆さんも、OCTを用いた診察を受けたことがあるかもしれません」と尾﨑教授は語る。
尾﨑教授は十数年間OCTに関する研究に取り組み、ついにこの技術を大幅に向上させる近赤外波長広帯域光源デバイス(QD-SLD)<写真1>の開発に成功した。「このデバイスによって従来のOCTより3~4倍も高解像度の画像を得られるようになり、細部までくっきりと見えるようになったのは大きな進歩。
たとえば、キャベツの葉の断面を観察すると、葉脈内部の細かな構造の違いまで把握できるようになりました」 と、このデバイスの優れた点を解説する。<写真2>
QD-SLDの発光材料には、半導体のInAsエピタキシャル型量子ドット<写真3>を採用した。尾﨑教授は「これはナノメートルスケールの微小な結晶で、幅広い領域の波長で発光する特性を持ちます。それが、OCT で撮影する際に画像のきめ細かさを決める重要なポイントとなります。発光波長の幅が広がれば解像度が高くなり、より質の高い画像を得ることができます」と半導体量子ドットの優れた点についても強調する。
理想の半導体をめざし学生たちと改良を重ねる日々
ただ、半導体量子ドットの作り方により波長は大きく変化する。「それをいかに調整し、組み合わせ、発光特性をコントロールするかが研究の"キモ"です」と尾﨑教授は解説する。半導体量子ドットの作製条件をうまくコントロールし、さらに高性能のデバイスを生み出すために日々研究に取り組む。尾﨑研究室では、半導体の結晶を作製する巨大な装置を設置。学生と協力しながら、理想の半導体材料をめざして試行錯誤を繰り返している。尾﨑教授は「この研究は学生さんたちのサポートなしでは成り立ちません。熱心な学生さんたちから刺激を得ながら研究に取り組んでいます」と語る。
尾﨑教授は、研究者として光通信デバイスの開発に携わったことがある。その時に、ある外国人研究者から相談されたことがきっかけで、光通信に使われる光の波長がOCTの光源の波長に近いことを知る。「実は、光ファイバーを通りやすい波長は人間の体にも浸透しやすい波長だったのです。OCT開発の先駆者である研究者との出会いもあり、本学着任後、OCTの研究をはじめました」と研究のきっかけを語った。
医療現場のニーズに応えるOCTの性能向上に寄与
企業や研究機関などでOCTの研究開発は活発に行われているが、医療現場のニーズに十分応えられているとは言えない。尾﨑教授は「『もっと細かく、もっと奥深く』というニーズに対応するためにも、さらなる光源デバイスの性能向上が求められています。具体的には、観察できる範囲を広げること、さらに、より多くの情報が得られる組成分析技術との融合にシフトすることが次のステップとして考えられます」と分析する。
尾﨑教授は今後の展開として、OCTのモバイル端末への搭載という目標を見据えているが、達成するには装置の小型化をはじめ数多くの障壁が立ちはだかる。「しかし、それを解きほぐし1つ1つクリアしてくことが研究の醍醐味でもあります。仮説を立て実行し、一歩でも進めばまたやる気が出てくる...。その繰り返しです」と尾﨑教授は笑顔で語る。大いなる夢まで20年、いや、10年くらいか。意外なほど早く、実現するかもしれない。
2023年9月15日
Profile プロフィール
尾﨑 信彦 OZAKI Nobuhiko
和歌山大学着任 | 2009年 |
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学歴 | 大阪大学 理学部 物理学科~大阪大学 大学院理学研究科 物理学専攻博士前期課程〜大阪大学 大学院理学研究科 物理学専攻博士後期課程 |
学位 | 博士(理学) |
所属学協会 | 応用物理学会、電子情報通信学会 |
研究キーワード | フォトニック結晶/MBE/結晶工学/量子ドット/光デバイス |
「人とのつながりを大切に、研究成果を社会に還元していきたい」
父の仕事の都合で幼少期をアメリカで過ごし、世界を意識するようになったことが、研究者という仕事を選んだ理由の1つです。尊敬する物理の先生の影響で、大学は理学部に進みました。半導体を研究テーマに選んだのは、小さいものを工夫して作るというテーマが自分にとって馴染みやすかったからです。その後、物理から応用へ徐々にシフトしていきました。基礎の大事さを認識しつつ人とのつながりを大切にすることが、私のモットーです。社会に還元できることはないかと常に考えるよう心がけています。