WHO'S WHO 研究者紹介

我、街道をゆく

常識なんて幻想だ――

氷山の一角を見つめ
水中にある99%を思う人
世界に先手を打った半導体のエンジニアはいま
信州から紀州へ 美しき里山の景色を歩く

副学長・理事(研究・産学連携)

惠下 隆 ESHITA Takashi

何度「やめとけ」と言われても作り続けた......
シリコンバレーが実現できなかった技術を支えた"現場"とは

右肩下がりの産業界で30年、とにかく現場に鍛えられて

半導体の研究において、基礎的な材料について知っていることが役に立ち、偶然にも製品化されたのがローパワーの不揮発性メモリ『FRAM』だという。「ラッキーだった」と控えめに語るそのメモリは、世界に先駆け量産化を実現した画期的な製品。紫綬褒章ほか数々の技術賞を受賞し、スマートカードや認証デバイスなど、今も社会で広く利用されている。
富士通はもともと研究者が好きなことをできる社風で、新しいことにどんどん挑戦できた。ところが、その技術を持って工場に行くと「製品になるわけない、帰れ!」と追い返される。くじけず通ううちに厳しいおじさんたちも次第に打ち解け、改良のアドバイスを授けてくれた。アメリカではプロトタイプ止まりだった研究を製品化までつなげたのは、何千個のテストから1個もNGを出さないところまで重ねた日本のチームの忍耐強さだ。「研究所のラインでうまくいくのがゴールじゃない、本番は現場なんだ」エンジニアの気付かないことに気付く現場の凄い人たちに鍛えられ、日本の産業界の強みを知った。

富士通セミコンダクター『FRAM』

教育・研究という新たな現場に飛び込んで

半導体のエンジニアの仕事は、「論文を書く/発表する」「特許を調べる/書く」「外国に行ってベンチャーと交渉する」など地道な作業の積み重ね。西海岸の面白いお兄ちゃんが翌年20億ドル集めてきたのに驚いたり、学会で知り合ったアメリカ人に誘われて工場を見学に行ったり。「御社で使ってみませんか」と新技術の営業を受けて、共同研究を進めることもあった。
大学には、知財教育を始めるという話が面白そうで飛び込んだ。「人間の理性なんて1%で、残りは無意識」と基本的にわかり合えない時点を出発点に、フェイスtoフェイスのやり取りを大事にしている。大学では教育・研究の場こそが現場。企業にとっての製品は学生ということになるだろうけれど、その成果が出るのは2~30年後だ。「いい子すぎて折れないように、やんちゃして欲しいな!」

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Profile プロフィール

惠下 隆

惠下 隆 ESHITA Takashi

和歌山大学着任 2016年
学歴 名古屋大学 大学院工学研究科博士課程後期課程 結晶材料工学
学位 工学博士(名古屋大学 結晶材料工学)
経歴 1986年に富士通で研究員として活躍。2016年より並行して和歌山大学産学連携イノベーションセンター客員教授、2017年より同センターのURA/教授を歴任し、2019年より現職。
研究キーワード 知的財産権教育、物性物理学、強誘電体メモリ
受賞 2011年:産学官連携功労者表彰日本経済団体連合会会長賞、2013年:第7回応用物理学会フェロー表彰、2014年:第60回大河内記念技術賞、文部科学大臣表彰科学技術賞 (開発部門)、第14回山崎貞一賞(半導体及び半導体装置分野)、2015年:紫綬褒章(高集積強誘電体メモリの開発により)

1957年長野県伊那市生まれ。幼少期に名高き鈴木バイオリンを習わされるも、才能のなさに音楽からは即離脱(初めて買ったレコードはABBAの前身ビョルン&ベニー)。

『鉄腕アトム』が一世を風靡した“科学の時代”に原子力研究を志し名古屋大学へ。入学後は材料科学に目覚めて方向転換、“瞬間湯沸かし器”と呼ばれた伊藤憲昭教授に師事した。

学生時代にワンダーフォーゲル部で鍛えた健脚で里山を歩くのが趣味。温泉も大好きで、今は野沢菜をつまみながらの雪見酒と、太平洋を一望する湯を行き来しながら、信州と紀州のいいとこ取りを楽しんでいる。