▼生物の不思議を解き明かす “分析”のための試薬を“合成”する
DNA 2重鎖と4重鎖を一瞬で識別!
比類なき蛍光プローブ誕生秘話
「作ろうと思ったわけじゃないんです」と軽やかに笑う。2020年3月、コロナ下で研究室に一人ぼっち......実験でもするか、と原料を混ぜて加熱した。あれ、学生たちがいとも簡単に作っている化合物とは形が違う。これでもDNAを検出する試薬の原料として使えるやろか?――それが、他に類を見ない蛍光色素の元となった。
開発に成功した「2色蛍光スイッチオンプローブ」は、DNAの2重鎖と4重鎖を異なる色で同時に発光させる。4重鎖DNAはがん原遺伝子の発現制御などに関わるとされ、その働きには未だ謎が多いのに、分析しようにも2重鎖DNAと見分けることが難しかったのだ。画期的な論文は日本の学会で注目され、その場で国際学会への発表を促された。
ヒトゲノム解読完了の6年前、「生化学」と出会って
大学では、就職につながりそうという理由で繊維を学んだ。合成繊維と同じくたんぱく質やDNAも高分子だから勉強しとくか、と「生化学」の講義を取った。高校で生物を勉強していないし興味もなかったのに、教壇の村上章先生の話が頭にバシバシ入ってきた。DNAがRNAに置き換わっていく様子、らせんをスライドしながら信号を読んでいくイメージをノートも取らずに夢中で聴いた。翌年、希望者殺到の難関を突破して村上研へ。
試薬開発に必要な"働き"を求めて、DNA合成の日々が始まった。数年後にはヒトゲノム解読が完了するという、まさに流れに乗っている分野だったから、うっかりドクターコースまで進んでしまった。村上先生は「君らは福井先生の孫弟子なんやで」(アジアで初めてノーベル化学賞を受賞した『フロンティア軌道理論』の福井謙一先生のこと)とよく自慢していたが、学問を目指すというより、好奇心と自由を手放すことができなかった。
まだまだ謎の多い生物の神秘に挑む、基礎研究の醍醐味
村上研では企業との共同研究の経験を積みつつ、自分の興味から村上研オリジナルの蛍光RNAプローブの研究も敢行。研究室を巣立った先輩が取り組んでいたRNA検出の仕組みを、何百何千のRNAが一斉検出できる形へとバージョンアップさせた。博士課程修了後は、ERATOなど巨大プロジェクトを抱える京大・浜地研に着任し、核酸でなく低分子の分野で蛍光色素の合成を担当。分子生物学的手法を用いてたんぱく質を作ったり、マウスやラットで実験したりとまったく新しい経験を積んだ。続く北陸先端大では、NMR法を使ったアミノ酸の同時一斉解析も実現した――が、生物の世界に未解決の謎はまだまだ多い。和歌山大学で始まった自分の研究室、新しい自由の中で、きちんと研究を続けられるだけのアウトプットをこれからも出し続けたい。
研究は、時代に合わせていくものだが、単に流行りを追うのとはちょっと違う。「まず鍛錬が必要か? そんなの待ってたら何もできないですよ(笑)」新時代の基礎研究の行方を探して、まずは自分の好奇心に耳を澄ます。
2022年8月31日
Profile プロフィール

坂本 隆 SAKAMOTO Takashi
和歌山大学着任 | 2016年 |
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学歴 | 京都工芸繊維大学~同大学院 |
学位 | 博士(学術) |
研究キーワード | 生体分子イメージング、分子ブローブ、アミノ酸分析、細胞機能制御、機能性人工核酸 |
特許 | 「アミノ酸分析法」「核酸検出方法、化合物、及び蛍光プローブ」 |