WHO'S WHO 研究者紹介

ミクロコスモス504

探検と地図から読み解く地の理(ことわり)
歴史と一体で語りかけてくる地理学の妙味

諏訪の盆地が教えてくれた  集落の分布と人々の暮らしの関係 “和歌山”と“歴史”を名前に背負い 地域の産業・経済と社会のかかわりを探る

藤田 和史 FUJITA Kazufumi

過去が現在を規定する-- 道理すなわち因果関係を探る、理屈の学問「地理学」

徳川御三家が取り持つご縁? 土地と産業に誘われて

「水戸城は立派ではないんですよ。殿様はほぼ江戸在府だから」茨城県・県北地域は古くは日立銅山と常磐炭田で栄え、のちに日立グループの企業城下町として経済基盤を築いた土地。80年代に通った小学校の教室からは、役目を終えた炭坑の遺構が見えたから、地域の産業と社会のかかわりに関心を抱いたのは自然な流れだったかもしれない。

和歌山に来たのは、2011年。駅前に拡がる昭和50年代の風景に驚き、気候や植生の違いや独特の取引文化に面食らった。あれから10年。今は海南の家庭用品や岸和田の工場など地域に根差した中小企業の研究で知られる地理学者は、どうやって誕生したのか。

日本産業停滞の"失われた10"、中小企業が成し遂げたイノベーションに迫る

歴史を学びたくて志望した大学に落ち、地元大学へ。眺めた大学案内パンフレットで「地理学」が目に留まった。「過去が現在を規定する」先生の言葉どおり、地形図や地名は歴史を秘めていた。卒論で常磐炭田を扱いながら社会科の教員免許を取得するも、採用倍率は3桁の氷河期。時間稼ぎのつもりで進んだ筑波大の研究室は、日本の地理学の草分けの一つだった。研究が楽しい! 地理には"道理"があった。

中小企業や産業政策を調査して松本や塩尻を歩いたのは2000年代。日本の産業・経済が停滞する中、明るい兆しに行き当たった。諏訪盆地。大手メーカーの下請中小企業が発展している。東洋のスイスと呼ばれた高い技術力が試作開発に活きた。この革新的な能力を形成した基盤を探った修士論文、そして盆地という特殊な環境下で中小企業が持つつながり、という観点から博士論文をまとめた。

盆地という"はしこい"小宇宙から、"のほほん"な豊穣の大地へ

長野は県としての一体感が希薄で、それぞれの盆地で独立性がすごく高いと言う。盆地は周囲から切り離されたミクロコスモスで、中で暮らす人々は"はしこい"と。目ざとい、くらいの意味で、盆地の外への好奇心が強いらしい。そこで中小企業はひしめき合って関連し合い、材料会社などが各社の媒介となったりして革新が生まれる。産業の集結が新結合をもたらすと。

集落のあり方には人々の暮らしぶりが如実に現れ、そして時代の変遷を写す。和歌山は茨城と同じく、集まって住む必要がない広い土地だ。豊かな環境場所では、人々はのほほんと暮らすもの。さて、次の10年は?地理学者は、紀伊半島の産業の未来を見つめて、今日も歴史の声を聞く。

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Profile プロフィール

藤田 和史 FUJITA Kazufumi

和歌山大学着任 2011年
学歴 茨城大学人文学部社会科学科 筑波大学生命環境科研究科地球環境科学専攻
学位 博士(理学)
所属学協会 【公的委員】和歌山県地方港湾審議会、岸和田市産業活性化推進委員会、岸和田市産業教育審議会ほか
研究キーワード 経済地理学、工業地理学

1977年東京生まれ、茨城育ち。図鑑が好きで、特に産業モノの号を貪り読んだ。感謝しているのは、高校時代の理科の先生。鬼のような板書を書き写させられた授業で身についた速記の技が、調査の場面で非常に役に立った。「カラオケで伊東学長と張り合えるのは自分だけ」と豪語するアニメファン。95年に始まった『新世紀エヴァンゲリオン』(特にテレビシリーズ)には多大なる影響を受けた。研究室の引っ越しに伴う荷造りが目下の悩み。