▼頭の中で想像する無限の楽しみ 基礎研究が担う責任
理科博士、運命の27ページ論文に出会う
小学校1年生のとき先生から褒められた。「坂本くんは理科博士だね!」その瞬間に"博士になるんだ"と決意し、一目散にここまで来た。1978年に入学した大学では、講義の余談として話されたクラウンエーテルを用いたホスト-ゲスト化学の研究に惹かれ、有機合成化学の研究室を志望した。配属先は、UCLAのクラム教授の下に留学していた先生の研究室。配属前にまず、1本の論文を手渡された。ペダーセンが1967年に発表した27ページの論文だった。クラウンエーテル! 驚いた。感動した。日本統治下の朝鮮半島でノルウェー人の父親と日本人の母親との間に生まれ、日本を経由してアメリカに渡った彼は、後に前述のクラムやレーンと共にノーベル化学賞を受賞することになる人。当時ほぼ単独でこんなに膨大な研究を遂行していたペダーセンの偉業は、今も研究の基礎になっている。
見えない王冠を追いかけて
研究室の友人と昼夜を問わず取り組んだ合成実験は楽しかった。「有機化合物は目に見えないから、顕れる機能から姿を想像するしかありません。我々の研究は見ることでなく、機能を活かすことを目指すもの。9割がた"ものづくり"の研究であり、先人の出してくれたデータからその先を創造する基礎研究です。そして新たに分かった機能は、応用研究で活かしてもらうことがなければ、産業には結びつかない」
大学院では当時先進的な研究を展開していた分析化学の研究室に進んで分析試薬の開発を始め、1989年に名古屋工業大学の助手としても継続。クラウン化合物を基本としながら分析試薬や分離技術の開発に携わった。1996年には日本学術振興会の派遣研究者としてオックスフォード大学の無機化学研究室を経て、翌年、助教授として和歌山大学へ。学部立ち上げの授業を担当しながら一人で実験のようなことを始めたが、本格的に研究に取り掛かれるのは1999年に現在の北三号館に移り、3年生が配属されてからのことだった。
ドラッグ・デリバリー・システム(DDS:薬物送達システム)
2006年に研究室を移ってからは、天然物の化学修飾、薬物送達システム(DDS)用材料や生体適合性高分子の研究に取り組んでいる。DDSは、高い生体適合性を備えた化合物の誘導体により、薬を体内の特定部位へ届けるシステム。(再生)医療分野や医薬品、化粧品、食品への実用化を想定し、応用研究による展開を期待している。
現在最も力を入れているのは、アルカリ金属イオンや有機分子を選択的に検出して濃度を測定するための分析試薬で、水中で使用できるようなクラウンエーテルを含む高分子の開発。「基礎研究は、大学でしかできません。そして、基礎研究がなければ科学の発展は止まってしまう」ペダーセンの研究の"その先"を歩いてきて、後の人へとバトンをつなぐ。研究者ひとりの人生よりずっと長い、研究の未来に向けて。
2022年8月30日
Profile プロフィール
坂本 英文 SAKAMOTO Hidefumi
和歌山大学着任 | 1997年 |
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学歴 | 姫路工業大学工学部~大阪大学工学研究科 |
学位 | 工学博士 |
所属学協会 | 日本化学会、日本分析化学会、高分子学会、DDS学会ほか |
研究キーワード | 分析化学、超分子化学、機能性有機材料 |
書籍等出版物 | 『絶対わかる分析化学』(共著、講談社サイエンティフィク、207年)ほか |
特許 | 桂皮酸類幾何異性体の分離精製法(2018年公開) |